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最高裁判所第一小法廷 平成3年(行ツ)150号 判決

仙台市青葉区川内

上告人

財団法人 半導体研究振興会

右代表者理事

岡村進

右訴訟代理人弁護士

栗宇一樹

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 深沢亘

右当事者間の東京高等裁判所平成二年(行ケ)第五四号審決取消請求事件について、同裁判所が平成三年四月一一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人栗宇一樹の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 大内恒夫 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治)

(平成三年(行ツ)第一五〇号 上告人 財団法人半導体研究振興会)

上告代理人栗宇一樹の上告理由

上告理由書記載の上告理由

第一 本願実用新案登録の手続の経緯

一 概略

1 特許出願 昭和五二年九月二六日

(昭和五二年特許願第一一五二六六号)

2 実用新案登録出願に変更 昭和五八年八月三一日

(昭和五八年実用新案登録願第一三四九七八号、以下、「本件考案」という)

3 第一回 拒絶査定 昭和五九年八月二七日

4 拒絶査定不服審判請求 昭和五九年一一月一五日

(昭和五九年審判第二一二五四号)

5 第一回 拒絶審決 昭和六一年一一月二〇日

(送達昭和六二年一月一二日)

(実用新案法第三条第二項違反)

6 第一回 東京高等裁判所出訴 昭和六二年二月九日

(昭和六二年(行ケ)第二二号審決取消請求事件)

7 第一回 判決 平成元年五月一一日

(第一回審決取消)

8 第二回 拒絶理由通知 平成元年六月二二日

9 第二回 審決 平成元年一二月一四日

(送達平成二年二月五日)

(実用新案法第三条第一項柱書違反、以下、「本件審決」という)

10 第二回 東京高等裁判所出訴 平成二年三月六日

(平成二年(行ケ)第五四号審決取消請求事件、以下、「原審」という)

第一回 口頭弁論 平成三年三月二六日

第二回 判決 平成三年四月一一日

(送達同年四月一二日)

(実用新案法第三条第一項柱書違反、以下、「原判決」という)

二 詳述

1 本件審決の認定

(一)本件審決(甲第一〇号証)においては、本願明細書の記載から、その実用新案登録請求の範囲が「電磁波の発振素子として静電誘導トランジスタを本体の一部に有し、不使用時には本体全部を折りたたみ得るように構成したことを特徴とする電子レンジ」であると認定し、本願の目的が」本体全部の折りたたみができ、携帯もできる新規な電子レンジを提供することにある」としている。

(二)そして、請求の範囲においては、「本件全部を折りたたみ得る形状になした」及び携帯可能に構成したという本件考案の目的すなわち願望を記載したに過ぎず、考案の詳細な説明の欄の記載及び図面の記載では電子レンジの機能を保ちつつ「折りたたみ」が可能になるための条件及び、その条件を満足する具体的解決手段が開示されていないとの第二回拒絶理由に対し、上告人の平成元年九月八日付意見書及び手続き補正書における主張及び補正の要旨について検討した上、上告人の主張及び補正をもってしても、電子レンジとしての機能を保持しつつ、全体を折り畳むことを可能とする電子レンジの具体的構造を明らかにするものではないとしている。

(三)以上を具体的に説明すると、

(1)当初の本件考案明細書の記載においては、電磁波漏洩防止措置、発振器、発振器の発熱を除去する放熱装置、電源装置等のそれぞれの構造及び取り付け構造が電子レンジの折りたたみを可能とする前提条件であるのに具体的開示がなく、またこれら部品・装置を保有し、且つ加熱室を形成する為の全体構造、電子レンジ全体を折り畳む構造につついても具体的開示がないとして拒絶理由を示している。

各面板に一定の厚みがあることは明らかであり、これら厚みのある六板の面板を蝶番で総合して第3図のような六面板からなる箱を構成し、該箱を第3図のように折りたたみ、「可能な限り薄い一つの層の携帯にまとめる」ための具体的構造は電子レンジ分野の当業者にとって常識的事項ではなく、本件考案明細書の記載は「行える」根拠を欠いているとしている。このように当業者にとって常識的事項に属するものとは到底言えない以上は、明細書中の記載を省略できないので前記具体的構造が開示されていない本件考案明細書は実施を可能にする構成を欠き、実用新案法第三条第一項柱書の「考案」とは認められず、実用新案登録を受けることができないと認定しているのである。

(2)これに対する上告人の主張に対しては

〈a〉 電子レンジにおいて従来知られている部材(発振器等)がそのまま本件考案の電子レンジに適用できるか否か具体的構造が開示されていない。

〈b〉 電子レンジの発振器として、静電誘導トランジスタを用いることによって発振器や電源装置を小型にすることができ、電子レンジ本体全体を折りたたみ可能にし、携帯可能にするというだけでは、本件考案の目的を繰り返して述べたに過ぎず、目的達成のための具体的構造を明らかにしていない。

〈c〉 本件考案の目的を達成する具体的構造は、当業者の常識的事項や本件考案明細書等によっても明らかではない。

〈d〉 電磁は漏洩防止について、電子レンジ本体の材料として電磁波を遮蔽するものを用いること、各板の端部に導電ゴムを用いることを示すだけでは、用いる材料の開示に過ぎず、電子レンジの機能を保持しつつ全体を折り畳むことが可能となる具体的構造、材料の具体的設置構造を開示するものではない。

〈e〉 発振素子として静電誘導トランジスタを用い、上面板9'に設けるというだけでは電子レンジの機能を保持しつつ、全体を折り畳むことを可能にする発振機の形状、構造、上面板9'への設置状況は開示されていない。

〈f〉 電源部について小型のトランスを用いること及び設置場所についての記述はあるが、電子レンジの機能を保持しつつ全体を折り畳むことが可能となる電源部の具体的構造は開示されず、当業者にとり明らかな事項であるとも認められない。

〈g〉 本件考案の必要不可欠な構成要素が何かは、開示されていない。

〈h〉 本件考案明細書に開示したどの「事項」から、なぜ「当業者」が容易に実施できる」のかが不明である為「省略した」対象、根拠が明らかではない。

(3) 上告人の補正に対しては、

〈a〉 補正のイ・ロは当事者に明らかな事項及び本願明細書の記載を明らかにする事項である。

〈b〉 補正後の当該各図面では「蝶番11」の構造が依然不明であり、第3図(b)における「蝶番11」の具体的構造が開示されていない以上、各面板に厚みがあり、第3図(b)のように折り畳むことは不可能であるから、全体を折りたたみできる具体的構造は開示されていない。

〈c〉 補正二の「不使用時には、本件全体を折り畳んで携帯できるように構成した」という部分は、本件考案の願望を記載したに過ぎず、電子レンジ全体を折りたたみうる構造を示すものではない。

との判断をしている。

(四)更に、本件審決は、本件考案の明細書及び図面の記載について検討を加え、電子レンジを構成する各面板に一定の厚みがあることは明らかであり、これら厚みのある六枚の面板を蝶番で結合して第3図のような六面体からなる箱を構成し、該箱を第3図bのように折りたたみ、「可能な限り薄い一つの層の携帯にまとめる」ための具体的構造は、電子レンジの分野の当業者にとって常識的事項ではなく、本件考案明細書の記載は「行える」根拠を欠いているとしている。このように当業者にとって常識識的事項に属するものとは到底いえない以上は、明細書中の記載を省略出来ないので、前記具体的構造が開示されていない本件考案明細書は実施を可能にする構成を欠き、実用新案法第三条第一項柱書の「考案」とは認められず、実用新案登録を受けることができないと認定しているのである。

2 原判決の認定

(一)本件審決取消訴訟においては、「本件考案明細書及び図面を見れば、組み立て時には電子レンジとして使用し、不使用時には全体を折り畳んだ上携帯することができるという電子レンジの具体的構造が開示されており、記載が省略している事項は本件考案出願時の技術水準・技術常識に照らし、当業者において容易に実施できる事項である。」とする上告人の主張に対し、本件審決が前述のとおり「本件明細書及び図面には電子レンジとしての機能を保持しつつ全体を折りたたむことが可能となる電子レンジの具体的構造が開示されていない」と認定・判断したことが誤っており違法であるか否かにつき、原審の立場で上告人の主張する以下の各取消事由の存否を順次検討の上、結論として、それらの取消事由が認められず、考案が「当事者が明細書等の記載に基づきこれを反復実施して所有の技術的目的を達する程度にまで具体的客観的なものとして構成されているとはいえない」として、実用新案法第三号一項柱書の「考案」にあたらないしている。

(二)上告人の主張する各取消事由(a)及びそれに対する原判決の判断(b)は以下のとおりである。

(1)電磁波漏洩防止措置

(a)(上告人が原審において主張した取消事由、以下、同じ)

本件考案は、電子レンジの各面板が電磁波の遮蔽材料からなることを構成要件とし明細書に「各面の端部に導電ゴム等を用いれば電磁波の遮蔽がより完全になされる」と記載しており、電磁波を遮蔽する意図が示されている。

そして電磁波漏洩防止措置を間隙の生じやすい各面板端部の相互に接する箇所に置くこと、加工精度を上げてがたつきをなくしマイクロ波の直進性を考慮して相互に段部を設けつかみ合わせることは技術常識に属する。

本件考察の出願時の技術水準から見れば電磁波漏洩防止措置の必要性とその防止手段はよく知られていたのであるから、本件考案実施のための電磁波漏洩防止措置について右に記した以上に細かい構造が開示されていないから、本件考案が完成していないとはいえない。

(b)(原判決の判断、以下、同じ)

本件考案明細書及び図面には各図板を電磁波の遮蔽材料で構造することと、各図板の間の電磁波漏洩防止措置に使用する材料が開示されているのみで、その材料を用いてどのように電磁波漏洩防止措置を構成するのか具体的構造についての開示がない。

本件考案のような折りたたみ構造を採用した場合の電磁波漏洩を許容限度以下に抑えるための手段として上告人の主張する手段を採用することが技術常識に属するとは認められない。

本件考案出願時に、本件考案のような折りたたみ構造を採用した場合の電磁波防止措置が当業者に広く知られていたことを認める証拠もない。

(2)放熱措置

(a)静電誘導トランジスタを発振器として利用する場合には、従来のマグネトロンを使用した場合と異なり、トランジスタを外気を接する板に設ければ自然に放熱される。

(b)静電誘導トランジスタをもちいる場合でも数一〇〇Vの電磁電圧を必要とするのであり、(本件考案明細書第四項第八行)静電誘導ドランジスタからの発熱を除去するための放熱措置が必要なのは技術上自明である。

本件考案明細書には、トランジスタを外気と接する板に取り付ける具体的構造についての開示がなく、そもそも、トランジスタをどの位置に設置するかについての限定的記載はない。

(3)電源装置

(a)電源部の設置場所は、本件考案の目的上折りたたみに支障がない箇所を選べばよく技術常識で容易に選択できる。

電源部は、本件への導線の中間や台板を薄い箱状としてその中に収納するなど板を二重板としてその中間に納めればよいものである。

(b)本件考案の明細書には「電源部はどこに設置しても良い」とあるだけで、どの部分に設けるか、折りたたみ構造との関連でその取りつけ構造をどのようにするかを含めた具体的構造についての開示がない。

上告人の主張する技術事項は、本件考案明細書及び図面に開示されてなく、技術常識や当事者の自明な事項とは言えない。

(4)本件考案の目的との関係

(a)本件考案は従来電子レンジで用いられたマグネトロンを用いないようにして折り畳もうとする点に目的があり、静電誘導トランジスタを用いて全体を折り畳むことを可能とする折りたたみ手段を採用したものである。このように目的を達成する手段が明確に示されている以上、それ以上に電子レンジが備える構成要素すべてについて明らかにする必要はない。

(b)マグネトロンに代えてトランジスタを用いたとしても、直ちに当業者が本件考案の技術的目的を達成できるものではなく、本件考案について必須の構成要素である(1)(2)(3)について取り付け構造を含めた具体的構造を明らかにする必要があり、それが明細書図面に開示されている上、当業者にとり自明であるとも言えない。

以上、本件考案は未完成である。

第二 本論

一 経験則違背

原判決には、判決に影響を及ぼすことに明らかな経験則を見違った法令違背がある。

(総論)

右に述べた原判決の判断は、いずれも本件考案の目的特徴から見て些細な事項につき、誤った経験則を用いてなされたものであり、経験則違背の違法がある。又、原判決は、本件審判請求の成否にもっとも影響を与える重要事項についての判断を脱漏しているうえ、本件審決が犯した法令適用の誤りに気づかぬまま、漫然と審理を行うなど、審理不尽ないし法令適用の誤りの違法がある。

そもそも本件考案の特徴は、静電誘導トランジスタを用いた折畳構造の電子レンジとしたことにあるのであり、ここに新規且つ有用な本件考案の本旨が存するのであり、その余の、例えば、電磁波防止装置、電源装置等の装置は、いわば、本件の電子レンジにとっても考案の本旨たるべきものではない抹消的な事項なのである。本件二度目の審決及び判決は、このような事情が存在するにもかかわらず、この抹消事項の開示の具体性の有無の判断に終始し、本論であるべき「静電誘導トランジスタを用いた折畳構造の電子レンジ」の実現可能性の判断をしなかった。この点に重大な審理不尽が存すると言うべきである。

本件考案は、「静電誘導トランジスタを用いた折畳構造の電子レンジ」としたものであり、この折畳に蝶番を用いて携帯可能としたものである。したがって、電子レンジの電磁波漏洩防止措置や放熱措置、電源措置等の付随措置の配置構成やその実現可能性よりも「静電誘導トランジスタを用いた電子レンジ」という従来存在しなかった新規技術の実現を考案したのであり、その技術的特徴を中心に判断作業が進められるべきものであったのである。すなわち、「静電誘導トランジスタ」といえば、小型で、軽量な高出力電波を従来にない条件下で発生出来るものであり、この「静電誘導トランジスタ」の発明があったがゆえ、これを利用した本件考案がされたのである。

本件考案は、この「小型で軽量である」という特徴を更に発展させてこれを携帯して様々な場所においても電子レンジ機能を利用出来るように右電子レンジを折畳構造にしたのである。すなわち、「小型で軽量な静電誘導トランジスタ」の開発がなければ、換言すれば、「重いマグネトロン」を利用した電子レンジであったなら(従来のマグネトロンが重いことは、当業者ならば容易に知りえることである)、電子レンジを携帯して、様々な場所に持ち運んで調理過熱をする等という発想自体が浮かばないのである。本願考案者は、「小型で軽量」且つ「高出力電磁波発生が可能な静電誘導トランジスタ」であるがゆえに、これを更に発展させ、携帯に便利な折畳構造とするという本件考案を考えつくに至ったのである。すなわち、本件考案の特徴は、「静電誘導トランジスタを利用した電子レンジ」ということだけではなく、更にこれを用いて折畳構造の電子レンジとして前記明細書の記載の目的を達成せんとしたものである。言うなれば、右静電誘導トランジスタを使用するからには、従来の電子レンジとは比較にならない位軽量小型なものができ、携帯という目的に対してはこれでも十分な位である。

したがって、本願明細書記載の考案が原判決の言うように「本件明細書及び図面には、電子レンジとしての機能を保持しつつ、全体を折り畳むことが可能となる電子レンジの具体的構造が開示されていない」と、判断・認定するためには、第一に「静電誘導トランジスタを用いた電子レンジ」自体が本件考案を未完成とするほど開示不十分なものであったかどうか、第二に、「折畳構造」自体が本件考案を未完成とするほどに開示不十分なものであったかどうかが詳しく吟味されなければならない。

しかし、原判決は、この二点について明瞭に区別して認定判断することなく、極めておおざっぱにしかも非論理的に認定判断したものであって、違法取消を免れない。つまり、原判決は、上記の二項目からなる本件考案の技術的特徴部分を判断することなく、上述のように電子レンジには必要不可欠なものではない。抹消的事項の記載の開示が十分でない、として本願を拒絶したのである。

繰り返しになるが、電子レンジは既に十分に家庭用調理機器として成熟した電気製品である。電子レンジの電磁波の漏洩事故が社会問題となっているので、当業者ならば、当然に神経を凝らしてその問題解決に対処すべき性質のものである。

したがって、本件明細書には素人目には大まかにしか書いていないように見えるとしても、当業者がこれを実施する場合には、右のような諸問題をふまえ、当然に電磁波漏洩の防止措置を設けるはずである。それが技術者というものである。しかも、明細書には、その解決の手掛かりとなる「誘電ゴム」を使用することまで、示唆しているのである。それ以上の何を要求すると言うのであろうか。通常特許明細書(実用新案登録明細書)には、設計図段階のような記載までは要求されないのである。「明細書の考案の詳細な説明には、その考案の属する技術分野における通常の知識を有するもの(当業者)が容易にその実施をすることができる程度に、考案の目的、構成、及び効果を記載しなければならないのであるが(実用新案法第五条第三項)、このことは、当業者が容易に実施することができる程度にまで考案の目的、構成、効果を記載すれば、設計図等の詳細までは要求されないことを意味しているのである。当業者の技術水準としては、本件明細書の記載で十分なのである。

本件審決及び原判決は、一般的経験則に基づかない認定判断を行ったものである。

(詳論)

1 静電誘導トランジスタについて

原判決は、本件考案の必須の構成要件である「静電誘導トランジスタ」による「電子レンジ」の実現可能性の議論を忘れている。「静電誘導トランジスタ」を利用しが「電子レンジ」実現可能なものであるならば(考案として、完成しているものであるならば、以下の、「電磁波漏洩防止装置」、「放射装置」、「電源装置」等の装置類の開示の充分か不充分かを論じるまでもなく、極めて自然に、当業者ならば考慮したであろう妥当な結論に至ることができたものである。原判決は、本来真っ先に論じられるべき点が論じられることなく、すなわち、特許庁における審判を初め、それを正すべき点が論じられることなく、すなわち、特許庁における審判を初め、それを正すべき原審においてさえ、それを真剣に論じることなく、本旨を忘れた、抹消的議論に(意識的にか、無意識的にか)、誘導されることによって、それに受け答えをしていたら、いつの間にか、拒絶の審決がなされ、原判決においても、その審決が維持されてしまったというのが実情なのである。

原判決は、このように本来論じられるべきことが論じられず、抹消的な点にのみ論じられ、判断認定されたものであり、審理不尽の違法がある。

すなわち、「静電誘導トランジスタ」を利用した「電子レンジ」は、印加電圧百V、すなわち、出力二百Wの下で、加熱時間十数分として、通常の調理温度である約百数十℃に加熱され、立派に調理可能なのである。しかも、電磁波を利用した調理器特有の非加熱物の内部から加熱される調理方法が達成できるものであり、立派に実用化されているのである。原判決は、このような点に審理を及ぼすことをしないで、既に確立された技術である「電磁波漏洩防止装置」、「放熱装置」、「電源装置」等の装置について、携帯可能に構成したという点をのみ判断認定したもので違法取消を免れない。

また、その抹消的技術事項であるそれらの各装置の認定に対しても、以下に詳述するように、技術の一般的経験則に違反して判断認定されたものであり、それゆえ、原判決は、違法である。

以下、電子レンジの抹消的装置である「電磁波漏洩防止装置」、「放熱装置」、「電源装置」等についてさえ、誤った技術認識に基づいて、明細書の開示が不充分でなく、したがって、本件考案が未完成であるとされた経緯について詳述する。

2 電磁波漏洩防止措置

原判決は本件審決による、「材料を示すのみで具体的構造についての開示がない」との判断を是認した上で、更に「電子レンジは高周波を利用して食品を調理している関係上、電波が本体と扉の間から漏洩するおそれがあり、漏洩した場合は人体に有害である」、「折りたたみ構造をとった場合に電磁波漏洩が必然的に生じるのでその防止措置を施すことが当業者にとり公知乃至技術常識であったとは言えない」としている。

しかし、少なくとも固定構造の電子レンジにおいては、電磁波の漏洩を許容限度以下に抑える為の防止手段を施すことは被上告人も認めているとおり当業者にとって公知乃至技術的に容易なものである。電気用品取締法第三条の登録、第一八条の認可、第二五条の表示等の規定が同法施行令により電子レンジにも昭和三六年の立法時以降適用されていることは、この事を示している。またそもそもこのことは原判決が右認定に使用した乙第一号証においても、その一頁一欄三六行から二欄一二行までに、従来から電波の漏洩防止手段として種々の工夫がなされ、この手段の採用が一般的であったことが示されていることからも明らかである。したがって本件考案の折りたたみ構造を援用した電子レンジにもそれをそのまま応用すればよいことは、その技術の性質上当然に予定されているものである。本件考案明細書が請求の範囲において「電磁波の遮蔽材料からなる台板」とし、詳細な説明に「各面の端部に導電ゴムを用いれば…」とのみ記載しているのは、導電性故に電磁波遮断が可能であり、ゴムの弾力性故に、これを用いた(裏打ち等をした)遮蔽材は、少々の間隙に対して、隙間を生じることなく電磁波遮断を完全に成し得ることを意味し、また、このような表現で当業者ならば、充分その技術的内容が把握可能なものなのである。このことは例えば電車の扉を考えれば誰でもイメージとして思い浮かぶであろう。

また、本件考案の目的及び特徴は、明細書及び手続補正書全体の趣旨からすると、「組み立て時には通常の電子レンジとして使用しつつ、不使用時には折り畳んだ上携帯もできる」ようにした電子レンジを開発したことにあるのだから、折り畳む際に電波が作動しないようにすることは当然としても、組み立て後においても導電ゴムで裏打ちされているので、ゴムの弾力性によって透き間なく遮蔽され、その他の特別な電波漏洩防止措置を施す必要等はないのである。

このように判決は、正常の電子レンジにおける電磁波漏洩防止措置を本件考案でも使用すれば足り、且つそれは当事者にとって公知乃至技術的に容易であるにもかかわらず、あたかも「折りたたみ構造」のために特殊な電波漏洩防止措置が必要であるかのような前提を立てており、経験則確認を誤っているものである。

3 放熱装置

原判決は本件審決が「放熱装置の構造・取付構造について具体的開示がない」としているのを受け、「静電誘導トランジスタを用いても数一〇〇Vの電源電圧を必要とするのだから、放熱装置が必要であることは自明である」とし、「放熱装置を外気と接する板に取り付ける構造についての開示がない」としている。

しかし、静電誘導トランジスタによって、出力が一KW以上の発振機が製造されている。放熱すべき熱は、トランジスタの損失分であって出力の一〇乃至三〇%位である。このような放熱に関する技術はよく知られていることで公知の技術である。放熱に関しては、用いる発振機(トランジスタやマグネトロン)の電圧には関係なく、放熱すべき熱によって決まり、それに必要な放熱機を用いることは、当業者にとって自明のことである。

本件に関する第一回東京高等裁判所出訴における審理中、特許庁より提出された乙第四乃至六号証の電子レンジには、固体の発振機が示されているが、放熱機は、自明のこととして特に詳細な説明はなされていない。

原判決は、「数百Vの電圧でも放熱措置が必要であることは自明である。」としているが、放熱措置は電圧に関係なく、出力と放熱すべき熱によって決まるものであり、静電誘導トランジスタの電圧のみによっては決まるものではない。この点について、原審は十分に証拠調べをした形跡もなく、審理を十分に尽くしたものとは言えない。

また、そもそも放熱装置は電子レンジに付属させる慣用技術として明細書に説明を省略されてきたものであり、商品化の際に実情に合わせて解決されるべき技術に属するものであって、「静電誘導トランジスタを用いた折畳構造の電子レンジ」を特徴とする本件考案の完成、未完成には関係ない事項である。

このように原判決は、存在しない経験則をあたかも存在するかのように前提として判断している上、本来判断を要しない事項について判断している等、経験則の適用を誤っている。

4 電源装置

原判決は、本件審決が「電子レンジの機能を保持しつつ、全体を折り畳むことに可能となる電源部の具体的構造が開示されず当業者にとり、自明の事項でもない」とした判断を肯認する。

しかし、前述のとおり静電誘導トランジスタの電源が数一〇〇V以内であり、大型のトランスも必要としないものであって、甲第一二号証、一三号証にあるとおり、トランジスタも小型であることからすると電源装置の設置場所・方法には、その用法を阻害しない範囲であれば広域な選択の余地があると考えられる。すなわち、本件明細書全体の趣旨に照らし、または、同第六頁六行目以下の段落全体に記載するように、「組み立て時には通常の電子レンジとして使用し、且つ折りたたみの際に阻害しない範囲」で電源部を設置することが出来るのである。

そして、ここで言う「組み立て時には通常の電子レンジとして使用すること」という中には当業者にとって公知乃至技術常識であり例えば上告人の主張する「電源部を本体内壁外として感電防止上を板で覆うため二重板とし、その中に装置を収める」方法等がその典型のものである。

したがって、上告人主張の技術事項が本件考案明細書に開示されず折りたたみ構造の電子レンジにおいて技術常識に属しないとした認定及び折りたたみ構造の特殊な安全措置等を必要とするかのように前提としている原判決の判断はいずれも経験側の確認を誤ったものである。

二 審理不尽ないし法令適用の誤り

原判決は、本件審決において上告人が主張の上判断を受けた事項であって、且つ原審において上告人が主張立証の上被上告人と争っていた事実につき、その判断如何が判決に影響を及ぼすものであるにもかかわらず判断をしないため審理不尽の違法がある。

また、本件審決に法令の解釈適用の違背があるにもかかわらず、この過誤を訂正することなく、更に審理不尽を続け、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背を招来させている。

1 折りたたみ構造についての審理不尽

(一)本件審決は「電子レンジ全体を折り畳む構造について具体的な開示がなく、蝶番11の具体的構造が開示されていないので、折りたたみできる構造が開示されていない」と認定判断した。しからば蝶番11に関しては、どのような具体的構造が開示されたら十分と言うのか検討する前に、蝶番とは何かについて辞書を引くと「両片からなり、一片は枠に、他片は戸等に打ち付けて開閉出来るようにするもの」(広辞苑)を言うとされる。そして、このような構成を有する蝶番を用いた折畳構造とはどのようなものを言うのであろうか。特に、それが当業者にとり、公知ないし技術常識であるとされるめには、「蝶番を用いた折畳構造」と言葉で言ったとき当業者がそのような構造の容易にイメージ出来るか否かにかかってくるのではなかろうか。例えば、素人のこの構造を理解させるためには、昔懐かしい「紙芝居外木枠のようなものである。」と言えば、「蝶番を用いた折りたたみ構造」は、当業者は勿論、素人目にもすぐさまイメージ出来るものではないだろうか。すなわち、「蝶番を用いた折畳構造」とは、「一片は面板に、他片は他の面板に打ち付けて折畳出来るようにしたもの」によって表されるイメージ構造が当業者に把握できるものであるか否かによって定まるべきものである。そこで原審において上告人は、平成二年六月二〇日付第二回準備書面二3(5)及び三9項において、詳細に明細書との関係で折りたたみの構造について主張し、甲第一一号証の一乃至一三に組み立て模型を示した上で平成二年九月一一日付証拠説明書において右証拠について詳細に説明をしているが、これによれば蝶番11の具体的構造は元より、それを利用した折畳構造の電子レンジの構造も、当業者レベルにおいては、十分に開示されているといって過言でない。この開示が十分でなく、考案が未完成だ等と考えること自体、技術を知らない文言を表面的にしか理解していない者の議論である。

(二)本件考案の特徴は明細書に記載されているとおり、従来電子レンジに使用されるマグネトロンを静電誘導トランジスタによって達成し得たことにあり、その結果折りたたみを可能とする目的を達成したのであるから一で述べた電磁波漏洩防止措置、放熱措置、電源措置等各部の構成、取り付け位置等は本来些細な構造上の問題に過ぎないと考えられる。真の問題はその結果として電子レンジの組み立て構造が((一)の折りたたみ構造)が実施可能といいうるかどうかにある。

(三)ところが、原判決は、右(二)に述べた些細な構成開示の不備にとらわれるあまり、本件考案の特徴の把握を見誤り、本来判断すべきである前記(一)の「折りたたみ構造」の実施可能性についての判断を脱漏している。

(四)このように原判決には、判決の結論に直接影響を及ぼすべき重大事項についての判断脱漏があり、この点についての重要証拠である甲第一一号証の一乃至一三についての判断評価を誤っているものであるから、審理不尽乃至理由不備の違法がある。

(五)尚、甲第一一号証の一乃至一三によると本件考案明細書第六甲及び第二図、第三図に言う「折りたたみ」状態とは、厳重に言うと静電誘導トランジスタルの高さの分だけ開いているが(約八・五ミリ)社会通念上、この程度の開きを考慮する必要はない。したがって本件明細書、図面の記載及び当業者の技術的水準をもってすれば組み立て構造について未完成であるとは言えない。

2 実用新案法第五条第三項(開示の具体性欠如)と、同第三条第一項柱書(発明未完成)

(一)本件審決は、「折りたたみ構造」乃至「電子レンジとしての機能を保持しつつ全体を折り畳むことが可能となる電子レンジの具体的構造」が未開示であるとして、実用新案法第三条第一項柱書の「考案」に当たらないとして、上告人の審判請求は成り立たないとしている。

(二)そして原判決も「本件考案明細書及び図面の記載に基づき当業者が反復実施して所期の技術目的を達成出来る程度まで具体的客観的に構成されない限り考案として未完成である」として本件審決と同様に実用新案法第三条第一項柱書の「考案」にはあたらないとしている。

(三)これらの判断はいずれも考案が明細書の記載及び図面との関係で開示が具体的ではないとしつつ、実用新案法第五条第三項を適用せずに「発明未完成」として同法第三条第一項柱書を適用するものである

しかしこれは、「開示の具体性」の問題と「発明の未完成」の問題を混同するものであって、法令適用の誤りの違法がある。

(1)一般に実用新案法第三条第一項柱書(発明未完成)を拒絶理由とする場合には、出願人が放置すれば拒絶査定となり、補正書によって発明を完成させれば要旨変更として却下されることになる。

他方、同法第五条第三項(開示の具体性)を拒絶理由とするとする場合には、出願人の提出する補正書が要旨変更に当たれば補正を却下し、要旨変更でなければ公告決定をすればよいとされている。つまり、前者は補正の余地がないのに対し、後者は補正の余地があるのである。

(2)また、公知乃至当業者にとって常識的事項は、明細書における説明を省略できると解されているが、ある事項がこれに該当するか否かの基準時は、発明未完成の場合は、出願時、開示具体性欠如の場合は、補正時となり、後者の方が範囲が広いとされている。

(3)そうすると「発明未完成」の方が「開示の具体性欠如」よりも出願人に酷となり、その効果が大幅に異なるのにもかかわらず、本件審決及び原判決が漫然と両者を混同し、「開示の具体性がないから発明未完成である」と判断したのは法令適用を誤って出願人に酷な結果を強いるものであり、違法のそしりを免れない。

このような法令適用の重大な誤りが本件審判手続きに存したにもかかわらず、原審が何らその点につき考慮の上判断していないのも審理不尽乃至法令適用の誤りによる違法が存するというべきである。

以上

上告理由訂正の上申書記載の上告理由

一、本件上告理由は、「経験則違背」と「審理不尽」の二点ですので、各点について御判断をして戴きたくお願いします。

二、「法令適用の誤り」については、「判断脱漏」とあいまって審理不尽を構成していると考えています。

以上

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